所在地: 鹿児島県鹿児島市池之上町7−30
駐車場: あり
祭神: 応神天皇(譽田別尊)(オウジンテンノウ(ホムタワケノミコト))
仁徳天皇(大鷦鷯尊)(ニントクテンノウ(オホサザキノミコト))
神功皇后(息長足姫尊)(ジングウコウゴウ(オキナガタラシヒメノミコト))
玉依姫命(神武天皇母君)(タマヨリヒメノミコト)
人皇九十七代後村上天皇の御代延文二年(西暦1356年)に創建され若宮八幡宮と称し、鹿児島五社の一つに列する。島津家六代の氏久公は、鹿児島郷東福寺城(今の清水町多賀山)に居城を定め、敬神の念厚く大隈正八幡宮の三の神輿を勧請建立した。又十五代貴久公は、永禄六年に鶴岡八幡宮の分霊を勧請して合祀した。
島津家の守護神として代々の崇敬厚く、御家督に際しては当社に奉告され、御祭祀の際は正式行列参拝があり、造営修繕は藩費で行われ幾多の金品が奉納された。又神社の御神饌用として、神饌田拾五石取りを荒田村に献納され、此の地方を神田字と名付けられ現在もその地名が残っている。
旧藩時代は社寺奉行所が置かれ管理されていたが、明治初年廃藩置県で神社は国の管理下に置かれ、若宮八幡宮も明治六年郷社に列格した。
更に明治四十年六月十四日供進指定神社昇格した。創立より藩主を初め氏子民に鎮守の神として親しまれ、御祭神譽田別尊は韓国との国交を樹立され大陸文化を我が国に輸入し、政治経済学問を奨励さる。文化の守護神として崇敬厚し、また息長足姫尊は、安産の守護神として世人の崇敬の念深く子孫繁栄を祈り子供に親しみ深い。大鷦鷯尊は御慈悲深く国民生活の上に大御心を注がれ国民を哀れみ生活の向上に意を注がせ給う。 (鹿児島県神社庁サイトより)
天照皇大神(アマテラススメオオカミ)
建速須佐之男命(タケハヤスサノオノミコト)
瓊々杵尊(ニニギノミコト)
大国主命(オオクニヌシノミコト)
感動度 ★
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